外国人越境可能な4つのタイ・ミャンマー国境
メーサイ・タチレク国境、メーソット・ミャワディ国境、プーナムロン・ティーキー国境、ラノーン・コートーン国境。外国人が越えられる4つのタイミャンマー国境について考える。
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タチレクからチェントンへの山道
タイ ミャンマー国境
Thai- Myanmar border 2021
10:49 2020/09/15
タイミャンマー国境にはミャンマー国軍と紛争を続ける山岳少数民族のテリトリーがあり、長い間外国人には通過できない閉鎖された国境だった。厳密にはメーサイやラノーン国境では1日パーミッションによる越境は可能だったが、ミャンマー滞在は1日のみに限定され、国境を越えてその先のミャンマー国内を移動することはできなかった。
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しかし2012年1月少数民族として最後まで争っていたカレン民族同盟との停戦合意を受け、2013年8月28日、バンコク方向からかつての紛争地域ど真ん中のカレン州を横断し、ヤンゴンへ至るルートに存在するミャワディ国境が外国人へ開放される。
同時期にメーサイ・タチレク国境、プーナムロン・ティーキー国境、ラノーン・コートーン国境も解放され、メーソット・ミャワディ国境と合わせて4つの国境が国際国境として外国人完全越境可能になった。
少数民族との紛争終息を受けて、2012年11月のオバマ大統領訪問。その後米国の経済制裁は解除方向へ向かう。2016年3月30日にティンチョーを大統領とするアウンサンスーチー氏率いる新政権NLD(国民民主連盟)が誕生し、50年以上続いた軍政から民政へ完全移管した。そしてその後米国は2016年10月7日、1997年から続いていた経済制裁を全面的に解除。2020年現在、バングラデシュ国境方向でのロヒンギャ問題が憂慮されつつも、対照的にタイ国境での少数民族紛争は終結し、ミャンマーは民主化を加速させている。
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ミャンマー少数民族2020
関連リンク
カレン族 バンコク~ヤンゴン陸路2013
ラノーン・コートーン国境2019
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メーサイタチレク国境 タイ側ゲート
タイ・ミャンマーローカル国境2020
ミャンマー・タイ国境にはこれ以外にパヤトンズ Payathonzu 国境(カンチャナブリ北西230km、サンクラブリ Sangkhla Buri 北西20km)、マーダウン国境 Mawdaung boader(プラチュアップキーリーカン西20km)などがあるが、2020年現在タイ人、ミャンマー人以外の外国人越境不可。パヤトンズ国境にはかつて1日入国パーミッション制度があったが現在はなくなっている。
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タチレク タイ国境の町 ビザがあればチェントン方向へ行ける。
4つのインターナショナル国境解説
メーサイタチレク国境
タイ北部メーサイからタチレクへ入る国境。ローカルバスやエアを使ってヤンゴン方向へ移動できる。国境でビザはとれないので注意。代わりに2週間限定の入国パーミッションがとれるようだ。メーサイにもタチレクにもホテルは多数ある。タチレクには空港がありヤンゴンにもマンダレーにも毎日複数のフライトがある。タチレクからヤンゴンやマンダレー方向に向かう場合、陸路で行けるのはチェントンまで。チェントン以降は空路でしか移動できないので注意。山岳民族テリトリーでミャンマー中央政府の統治にセンシティブな問題を抱えているため。タウンジー方向への地元民用のミニバンバスはあるが外国人は乗車拒否される。ただし中国国境(モンラ)方向への陸路移動はできる。またエアでヘーホーやマンダレーまで行けばそこからの陸路移動は可能。
メーサイ・タチレク国境2016
タチレク~チェントンバス移動2016 チェントン~ヘーホーフライト
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ファンキーな箱乗り コーカレイ郊外
メーソット・ミャワディ国境
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旧紛争地域のカレン州を突っ切っていくバンコク~ヤンゴンの最短ルート。コロナ前まではバンコク~ヤンゴン直通の国際バスも運行していた。エアアジアが安く飛んでいるので利用は微妙だが。最安で行くにはメーソットまでローカルバスで行って、ミャンマー国内を乗合自動車(ハイラックともラインカーともいう)で移動する。
ミャワディからはヤンゴンへのローカルバスも多数出ている。写真右上はモン族の少年僧と。ミャワディからモーラミャインへのハイラックの荷台で。
ミャワディからモーラミャインへ
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カレン州の山道 カレン族は紀元前739年をカレン暦元年とする。スコータイ王朝やバガン王朝のはるか昔にこのエリアに住み着いていた。言語分類的にはモン族(紀元前1500年)より古いとする説もある。
プーナムロン・ティーキー国境
カンチャナブリからダウェイに抜ける国境。インドシナハイウェイのルートの一部分でもある。両イミグレが丘を挟んで結構な距離離れているのでタイ側イミグレから歩くと1時間ほどの山岳トレッキングになる。ミャンマーダウェイ方向からだと乗ってきたミニバンがそのままタイ側イミグレまで送迎してくれる。タイ側イミグレからカンチャナブリ行バスターミナルまでは徒歩1分。
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プーナムロン・ティーキー国境 タイ側プーナムロンイミグレ バンコクに最も近い国境。ダウェイからの原油等の物資ルートとしてタイ側が切望するマラッカ海峡回避最有力ルート。ダウェイ深海港は2020年現在今だ構想のまま。関空タイプの港が必須だが膨大な費用がかかる。またこのルートはダウェイ~ブンタウのインドシナハイウェイの一部分にもなる。かの地は日本にも相手国にも恩恵をもたらす国際プロジェクトの宝庫だ。
プーナムロン・ティーキー国境2020(ダウェイ→カンチャナブリ)
プーナムロン・ティーキー国境2015(カンチャナブリ→ダウェイ)
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ラノーン港
ラノーン・コートーン国境
ミャンマー最南端のタイ国境。ラノーン側のイミグレからはボートに乗ってクラブリー川を2kmほどわたる。この河口はマラッカ海峡回避ルートのクラ地峡運河のアンダマン海側の出口。まだ構想段階だが運河ができればここはシンガポールのような発展を遂げる可能性を秘める。
コートーン(コータウン)バスターミナルからはダウェイ~モーラミャイン経由のヤンゴン行の長距離バスが1日何本も出ている。ただし右のようにイミグレやホテルエリアからは3.4km離れている。
以前あったミェイ方向へのフェリーは2020年現在なくなっている。2019年にあったミャンマービザなし入国がコロナ後にも延期されるか不明。
ラノーン・コートーン国境2019 コートーンからバスでミェイへ
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ラノーン・コートーン国境 タイ側ローカルイミグレ
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コートーン(コータウン)バスターミナル
カレン州旧紛争地域 地雷注意
カレン州の紛争に関わる3つの当事者(ミャンマー軍、民主カレン仏教徒軍、カレン民族解放軍)は対人地雷を広範囲に使用。彼らは互いに自らの基地付近のみならず、森林地帯や、民間人の家や畑の周囲での地雷埋設を続けた。
ミャンマーは対人地雷禁止条約を批准しておらず、対人地雷禁止に関する国際会議にもほとんど参加してこなかった。またカンボジアと違ってミャンマー東部で地雷除去は行われておらず、地雷認知教育の機会も限られているのでその被害は現在も続いている。観光客の山岳トレッキングにはむかない環境。
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モン族とカレン族と日本人(私一人だけど)の乗る乗合自動車