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バンコク カオサンからピピ島への一人旅
投稿情報5 熟年タイ個人旅行1 ジョイントチケット利用実録情報

      カオサンの近くの「民主記念塔」 投稿者撮影

2007年12月17日(月)     次のページへ

今回は私が旅した海外旅行の中でも3本の指に入る楽しい旅だった。パック旅行やセレブな旅ではけっして得ることができないすばらしい経験をこの旅で出来た事に「びー旅ドットコム情報」に感謝しきりである。

関空10時発のTG621(タイ国際航空マニラ経由バンコク行)で時間通りに出発。空港で搭乗のため搭乗口に並んでいると後ろにおられた一人の老人から声を掛けられ話しているうちに搭乗、飛行機内でも空いていたのでお互い席を替わり話を楽しく続けた。彼はフイリピンのマニラから1時間のところに400坪の土地を買って農業をしているとのことと、これから3ヶ月間日本の寒い時期を暖かいところで過ごされるということである。1年間の土地の管理の事と、フイリピン人についてなど60歳で定年になり以後22年間楽しく過ごしてこられた話を聞かせてもらった。大先輩のすばらしい話だった。私も同じく60歳で退職してこれからが大変だと思っていたが、その方の話を聞いて大いに勇気付けられた。


再会を誓いお互い元気で頑張ろうとリュックを背負った若々しい82歳の彼をマニラ空港で見送った。自分もさぁーこれから頑張ろうと身体中から熱気が生まれてくるのが感じられ嬉しくなった。

見知らない人との出会いが景色等のすばらしさと同様に欠かせない旅の醍醐味であると思うので今回もよりすばらしい旅になるものと確信してこれから続く数日間に思いをめぐらせた。

すぐ時間も過ぎバンコク「スワンナプーム空港」に時間通りに到着。7時過ぎにバンコクで知人と待ち合わせがあるためバスには乗らずタクシーで直行。でもやはりここでも1台目のタクシーはぼったくり運ちゃんでメーターを使わないので下車、2台目の運ちゃんが気持ちよく行ってくれいつも通りチップ混み200B。ホテルは前回宿泊した「 Sawasdee Sukhumvit Inn, Bangkok 」 ここは予約を入れてあったので問題なかった。ただ今回は3階の部屋で窓がなくてこれには閉口したが無難に2泊する。今回の旅の目的はバンコクではないし、またホテルにいる時間も少ないので我慢することにした。

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カオサン通り 投稿者撮影


12月18日(火)

バンコクの市バス 投稿者撮影
さて、翌日、待望のカオサンにピピー島までの「ジョイント・チケット」購入のため朝から外出。ホテルから数分の「スクインビット通り」に出て市バスのNo.2かNo.511と聞いていたので待つつもりだったが、バス停に着くと同時にNo.2のバスが来た。ラッキーとばかりに乗り込む。通りは渋滞したがそれなりに進む。けたたましい音とともに少し道路が空くと少しの距離でもスピードを出す。このバスは冷房もなく窓はすべて全開でスピードを上げるとよい風が入ってくる。サイアムの手前で右折して伊勢丹前を通りカオサンまで1時間20分はかかったと思われる。車掌さんにカオサンで降ろしてくれるように御願いしてあったので、丁寧にここだと教えてくれた。それも気持ちいい態度だった。

カオサンの近くで「びー旅ドットコム」の格安ツアー会社の事を現地人に尋ねるともっと安いところがあると「GRAND PALACE TRAVEL CENTRE」を教えてくれる。またトックトックの運ちゃんがそこまで5Bで行ってやると本当にしつこく迫ってくる。であればそこまで歩いていくからと断るも、「5Bだから」とひき下がらない。

だいたい5Bなんて低金額はありえない。魂胆は分っていたが行ってみようとその旅行会社に行く。やはりトックトックが着くと入り口に係りがいて気持ちよく通され、立派な旅行社で係りも多くて対応も良かった。ここでバンコクからピピー島までのチケットは875Bと言っていた。私の頭にはまずこれでだいたいの見当が付いたので「また来る」と告げて出ると先ほどのトックトックの運ちゃんが待っていてまた5Bでカオサンに戻る。

 さてこれでチケットの代金の交渉もやりやすくなったのでカオサンの各店を回ることにした。まずカオサン通りを歩くと名前も知らない「PMupツアー」という店があった。20歳代の若い男女の店員さんがいた。交渉すると750Bという。値切ると電話をして許可をもらって650Bになった。でもすごく誠実に感じて気持ちよかった。また帰り寄ってみたいといって店を出た。「びー旅ドットコム」では以前ピピ島へは550Bで「ジョイント・チケット」はあると書かれていたので、今の時期はどの店でもハイーズンで値上がりしている事を考えれば仕方がないかもと思い数店見て周る事にした。

「WELCOME TRAVEL」という店に入ったが、ここでも若い女性が750Bというので値切ると態度が悪くなったのですぐ出る事にした。次は「びー旅ドットコム」に載っている「NSツアー」に行ってみた。40歳代の男性が丁寧に気持ちよく教えてくれ今回の最安値の600Bを示してくれた。やはりこれからハイシーズンで550Bは出来ないとのこと、以前は550Bであったけれど今は出来ないと言われる。バスなどについても十分な説明をしてくれた。この店は良いと思ったが一応またと言うことで出る。

最後にもう一軒日本人経営の「MPツアー」に行ってみた。すぐ若手の男性店員がすぐ750Bと言ってもうひとりのお客が入ってきたためその人に付き、私には年配の人が丁寧に話してきた。日本語なので帰りのバスや列車の事などを質問した。このことにも丁寧にまた親切に対応してくれていた。ジョイントチケットもその従業員か店主さんか分らないが最安値600Bと言ってくれた。


カオサン通り 投稿者撮影
これで600Bが今回の最安値と思い最初の650Bと言っていた「PMupツアー」に戻った。他店では600Bだったが、この店が気に入ったのでここで買うことにしたと告げると、店員はもう一度電話して許可をもらったのか600Bで良いと言ってくれた。気持ちが嬉しかった。

料金を支払っているうちに宿舎などの事も聞いてみたら調べてくれたが今のところは1000B以下のところは空いていないということで、それならば現地でバンガローを探せばあるだろうといってくれた。ただピピー島は今が一番高いと言われた。こうしてまず19日からのカオサン~ピピー島への「BUS&BOAT」のチケット確保は終わった。

「ジョイント・チケット」の購入を終え、後は「竹亭」でカツどんを食べてそれから昨晩家で荷造りしていたらバックパックのチャックが壊れてしまったので新品を探し購入してまた逆の市バス7Bで1時間以上を掛けてトンローまで帰った。

びー旅ドットコム情報
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2007年12月19日(水)~20(木)
 さて、12月19日、今回の旅の主テーマ「ピピー島、夜行バスを使っての一人旅」の日になった。午後6時までにピピー島行きのチケットを購入した店に行けばそこからバス乗り場まで連れて行ってくれるとのこと、まずそれに間に合うように、トンローの宿泊したホテルに3時半に荷物を預けてあるので、そこから出発する事にした。またトンローから市バスに乗ればいいのだが、やはりスクムビット通りのこの時間は車も多い。

今回はまずモノレールのBTSで「プルンチット駅」まで行き、そこから市バスに乗れば何とか時間までに着いてカオサン通りで食事も出来るだろうと出かけた。BTSに乗れば全く問題ないと思っていたが、ここで出鼻を挫かれる事になるとは思ってもいなかった。プルンチット駅で降りて市バス乗り場でしばし待った。しかし「チットロム駅」を過ぎ、「サイアム駅」の手前で右折する市バスは、車が多いので道路のセンター側を走り、バス停で手を振ろうがバスの運転手は気にせず止めることはしないのである。No.2のバスもNo.511のバスも2台が通過してしまった。こういうこともあるだろうと2駅手前でBTSを降りたのだが駄目であった。これでは伊勢丹の前まで歩いて行き、そこでバスに乗るほうが確実だと急いで歩くことにした。内心は、このような小さいことでもやはり出始めから注意しなければと心引き締め汗をかきながら歩いた。

市バス2駅以上は歩いた事になるが、日中で汗が出て大変だったが、伊勢丹前では、難なくNo.2の市バスはすぐ来てくれた。空いていたのでしばらくしたら客が少ないのと窓全開のため汗も収まりホットした。でもカオサンまではどのくらいの時間がかかるのだろうかと内心不安だったけれど、まだ2時間弱あるので気持ちには余裕があった。

「ベップリ通り」を進むにつれて車も少なくなり、ちょうど5時にカオサンに着いた。ほっとした瞬間だった。「PMupツアー」の店に直接行くと例の店員さんが笑顔で迎えてくれた。荷物を預け「セブンイレブン」でミネラルウオーターとビスケットを買ってバス内に持ち込むものとした。今までチェンマイに行った時もそうであったように、夜行バスは途中の休憩も一箇所ぐらいで、またトイレなどの施設も使用できるものか分らないので、車内には水とほんの少しの(今回のようなビスケット)食べ物以外は持ち込まないことにしている。ばたばたしているうちにあまり時間も余っていないので、お店に行って手洗いなどを済ませて待つことにした。レストランに入って夕食を取るにも、急いで食べるのも嫌で何とか明日の朝までなら我慢できるであろうと何も食べずにバスに乗り込むことにした。

 店には、他の客2人がいたが、別の場所への旅らしく特に話もせず待っていると少し遅れはしたが、店員さんからもう来ますと教えられたので何の心配もせず待った。5分遅れで男性が来て、私一人だったが彼について行くと、カオサンのもう1店舗のツアー会社で6人が一緒になったが、欧米人ばかりであった。どの人もたくさんの荷物で、私がバックパック一つしか持っていないのを驚いていた。彼らと少し歩いて着いた広場でバスを待つことになったが、いつもの事であるが、ここでも欧米人たちは気さくに声を掛けてくれる。何処に行くのかとか、一人なのかと、すぐ親しくなれるのが不思議である。

6時40分に2階建ての大型バスに乗ることになった。席はめいめい勝手ではあったがバス内に係りの人がいて、私は後部に回されたが願っていたので助かった。

以前に乗ったときあまりにも運ちゃんが飛ばすので怖くて前席はもうこりごりと思っていた。総勢30人ぐらいの客だったと思う。私は一人で2席使えることになったのだが、後部は空いていたので皆ゆったりと座っていた。こうして無事バンコク・カオサン発ピピー島行きの一人旅は始まった。

 バス客の9割は欧米の人たちで、このような旅は慣れているようで大きな荷物を手際よくバスの1階の座席に入れ、それぞれが小さめのリュックだけを2階座席に手際よく持ち込んでいる。残り数人は現地の人か、それともアジア系で私を含め3人ほどしか乗っていなかった。座席を確保すると長距離バスに合わせて銘々が座席造りをしていた。私は一人だから楽なものである。バスの中央から後ろの座席は隣とは並行にはならずに少しずれているので顔は合わさなくても良かった。斜め前になっている座席に付いたアメリカ人の大きな女性が2人で旅行しているのか、座席に着くや否や早速寝る準備よろしく寝てしまったのには驚いた。私の前には真面目そうなドイツ人の男性、その横にただ一人のアジア系の女性、後ろの席は、黒人の男性、シートを倒して良いかと尋ねると、気持ちよく即座に親指を立てて、OKの合図、同時ににっこりと笑ってくれる。私の後部座席は2列しかないのでそこに大きな男たちが自由に寝る準備を始めていた。こうしてバスは静かにバンコク市内から、日本の高速道路並みのすばらしい道路を一路タイ南部に向かって進んだ。バス内はクーラーが結構効いていてTシャツ一枚では寒いくらいだった。彼女たちは、やはりバックパッカーで、慣れた旅なのか皆長袖を着てクーラーの風に直接あたらないようにしていた。何度となくうとうととしていると、夜中1時過ぎにどこかは分らないが,バスは、大通りから横にそれてドライブインらしき場所に入って30分の休憩となった。


彼らは、バスを降りると慣れたもの、店のおばさんたちがすぐ食堂らしき場所で気前よく迎えてくれる。欧米人たちは、すぐ皿にご飯を盛ってもらい、カレーらしきものからいろいろ食べ始める。私はここでも全く何も食べなかった。まだ半分も来ていないのだから。トイレはまあー辛抱できないほどではなかった。時間になると係りの乗務員が人数の点呼をして出発した。

私はこの休憩場所でも一切パスポートを含め貴重品は手から離さず持っていた。よく深夜バスは、この休憩時に運転手も車から離れるので注意するように言われているので十分確認して行動していた

 バス内は全く静かである。10時頃までは、ビデオでアメリカ映画をやっていたので喧しかったが、消灯してからは全く話し声もしないほど静かでよく寝れた。何時間たったであろう。バスが止まり、係りの人が何か言っているが、降りなければならない事だけは分った。するとドアーが開き、一人の人が入ってきて英語で全員下りてくださいとのこと。その係りの若者がバスの下部に置いたバックを降ろし始めた。

外には別に何もなく、ボンゴとダットサンの荷台付き車が合計4台あるだけだった。それぞれ運転手が、「自分の車は、ピピー行き」、「自分の車はサムイ島行き」などと喚いている。「エエーこんな車で」と仕方なく乗り換えて、次のところまで運んでくれるのだろうと思った。私は、ピピー、ピピーと言うと、この車に乗れと、私のバックパックをその車の荷台に載せてくれた。もうばたばたしても仕方がないし、黙って一番にその車に乗ると、すぐ9人でいっぱいになり、運ちゃんは何も言わずに走り出した。20分ほど走り、着いたのが写真にある掘っ立て小屋前の広場であった。ここは何処なのかと尋ねると「スラータニー」だという。ここでバスに乗り換えるのだが、そのバスは8時出発と言っている。2時間待ちである。ここで待つのは仕方がないとしてもこれからどうなるのか心配になってはきたが、ある程度遅れるのは覚悟しなければならないと思った。ここでもツアー会社の係りの人が宿は決まっているのかと聞くのでピピー島のロングビーチのバンガローハウスで900バーツと言うではないか?そのバンガローハウスの水は濁っていることがあったので、今はどうかと質問すると首を振り、あまり分らないと言っていた。まあー聞くだけにしたが、ロングビーチまでのボートタクシーも聞けば80バーツという。いろいろ参考になるのでしつこく聞いてみた。参考になることもあったが、適当に返事している感じもないではなかった。




ただここでやっとヤクルトやヨーグルトが売られていたので、少し高い目であったが買って口にして、もうしばらくの辛抱をした。

 8時10分前になり、今度は大型バスが入ってきた。我々以外にも他のところから来たバックパーカーたちもいたので、このバスが必要なのだろう。私は運転手にピピー島行きかと尋ねると、そうだというので、荷物を渡し、バスの荷物入れに入れるのを確認して乗り込んだ。




先に乗って座っていると、後から乗ってくる人の胸には白色や青色のシールが張っているのに気づいた。するとツアー会社の男性がバスに乗り込んで来て、一人ひとりの胸を見ているではないか。何かなと思っていると、手に白いシールを持って張っているではないか。私の顔を見るなり半券を要求。手渡すと同時に私の後ろの人に残り1枚のシールを胸に貼ってやりシールが無くなったので取りに行くふりをしてバスを降りていった。でも出発の8時は過ぎているではないか。私は、バスが出てしまわないかと心配していると、それが現実になった。半券を取られたら一切証明になるものはないではないか。バスは動き出したが彼は帰ってこない。隣の席に座ったアメリカ人男性も心配してくれたが、彼曰く、皆同じ方面に行くのだから大丈夫!ということで。でも不安だったがタイではこんな事は当たり前。

そのバスは2時間後クラビに到着。ちょっとした広場でツアー会社がまた係りになっていた。今度は女性店員さんが数人いる(写真に写る数人の店員さんたち)。時間は10時10分になっていた。

クラビからの船は10時発ではなかったのかと、またまた不安なことが出てきたが、それは成り行き次第だから、気にはならないけれど、バスを降りた数人がシールの色ごとに分かれ、そこに待っているバスに乗り込み始めた。さてここで思っていたとおり係りがシールはと尋ねてきた。貰っていないと答えると年配の人が来て尋ねられたので、スラータニーで半券を渡してそのままバスが発車してしまった事を告げた。私がチケットを買ったカオサン通りの店の封筒を見せると、彼は事務所にそれを持って行き電話をしていた。出てくるなり、にっこり笑いOKと言ってくれ白色のシールを私の胸に付けてくれた。

これでほっとしたのも束の間、彼は続けて次の船は、3時でそれまで時間があるので、食事をするならここから10分も歩けばレストランがあるので、そこで朝食でもと薦めるではないか。もうここまで来たのだから慌てず成り行きに任せようと決心する以外仕方がなかった。カオサンで買ったサンダルを履いているので歩きにくいが、バックから靴を出しかえるのも面倒だから、そのままサンダルを履いてぶらぶら歩いてクラビの街の見学となった。(下の写真はクラビの街にあった市場)


 


街を見学していると、いくつかのホテルがあったので入り、フロントでパンフレットをもらって宿泊料金を尋ねたりした。ここでも1000バーツ以下で街のちょっとしたホテルはあることが分った。(なのにピピー島はバンガローハウスでも、ゲストハウスでも皆800バーツ以上とは高いではないか、、、)疲れてちょっと休みたかったので、感じのいい店を探し休憩する事にする。幸いすぐに見つかり、入ってお手洗いを貸してもらい顔を洗ったりしてすっきりしてここで初めてゆっくり食事をした。店の中は私一人だったので昨日からの事などメモをしていたら、ここの店の娘さんから声を掛けられ、少し話し込んでいると奥からお母さんと言われる上品なおばあちゃんが出てきて挨拶をしてくれた。このクラビに一つとAo NangにResort Hotelを経営しているらしい。そこの話をしてくれてまた次回は泊まればいいですよと話してくれた。私は次回この地に来たら是非ホテルに泊まりたいと約束までしてしまった。

その後もクラビの街の中の散策も結構出来、こういう旅だからこそ時間を気にせず散策できるのが心地よかった。ここでピピー島着が5時を過ぎることがはっきりしたので、ピピー島のロングビーチのホテルは無理と判断して、悩んだ末このツアー会社で「トロピカル・バンガローハウス」というバンガローを1000バーツで予約する事にして気持ち的に安心してピピー島行きを決めた。

2時30分に集合場所のツアー会社に戻りしばらくすると、小型バスの潰れそうなのが来て3時発の船乗り場まで送ってくれた。またその船乗り場でもチケットを見せなければならなかったが、説明とシールとでパス出来たので難なく乗船できた。

「ジョイント・チケット」もこれでやっと最終目的の「ピピー島」着がはっきりしてほっとする。間もなく満員の船に乗ることが出来た。長い一日も後はバンガローハウスがどのようなところか楽しみで、3年前のピピー島の津波の事を思い浮かべ、海を眺める2時間の船旅となった。昨晩の夕方にカオサンを出発して20時間以上のバスと船の格安チケットの旅も目的地に着くことになった。

船の中では前や後ろの甲板でゆっくりしていたのだが、バスで知り合った同年令ぐらいのオーストラリア人の女性と1時間ほど話をしたりして楽しく時間をつぶした。

また一時スコールに遭って船内に皆が逃げ込んだときに偶然隣に来たアメリカ人の男性がスラータニーからバス内で隣に座った人で、彼の奥さんに私のことを「 my best friend 」だと紹介してくれたのには驚いたが、日本人では、このような紹介はしないだろうが、相手も気分を悪くしないのだからスマートでいい。


 

そうこうしている間に5時過ぎピピー島に着いた。懐かしい思いで桟橋に立ち、さてあの「トロピカル・バンガロー・ハウス」とかいうホテルの従業員が待っているという話だったから、幾分期待しながら桟橋を渡ったがやはり現われず、これも想定はしていたが、同じ仕事をしている若者がいたので話しかけると、その彼が荷物をリヤカーで運んでくれるというのでちょっと待った。すぐ戻ってきて私のバックを積んで歩き出した。途中の店で最初から積んであった荷物を降ろし、私の荷物一つをこの若者は笑顔で運んでくれた。「トンサイ湾」の桟橋からピピー島の中心街を通り抜けて15分ほど歩いた山の上のバンガローハウスに着いた。途中には、800バーツ~からとたくさんのゲストハウス前の看板が目に付いたが、何処も800バーツ~以上と高い値段が付いていたので、自分の泊まるバンガローハウスが1000バーツは仕方がなかったかと納得した。

さて、この「トロピカル・バンガロー・ハウス」だが、入り口や周りにバナナなどの木々が生い茂り、入り口は丸太を組んで作り上げた質素な食堂になっていて、そこから2階や3階に上がっていく階段があった。

小さな踏み台で作り上げた手つくりの階段だった。部屋は窓も小さく景色も何もない暗い部屋だったので、これは変更してもらうことにした。



(光が入り、景色も見える端の部屋に代えてもらって少しは納得)部屋に入りやっと落ち着き、水シャワーを浴び、着替えをして下の賑やかなところを散策しながら食事でもしようとその準備をして出かけた。ハウスの周りは木々が生い茂っているので、蚊も多いようで、持ってきた蚊取り線香を2箇所焚き、部屋を締め切って出かけることにした。貴重品は預ける事ができないので自分でしっかり確保することは、今回の旅の必須条件で注意することは怠らなかった。



もう外は暗く少し歩くと賑やかなところで、マーサージの店やレストランが立ち並んでいた。セブン・イレブンもある。いくつも店はあり、そこは欧米人が多く、また現地のひとでいっぱいであった。賑やかな観光地である。しかし日本人にはそう遭わない。店の店員として何人かの日本人が働いているのは分ったが、若者ばかり目に付いた。

一通り街内を歩いて適当なレストランを見つけて入ることにした。間口の広いレストランを見つけ、入り口に「 Special Menu 180B 」で [ Chicken Steak Set ]とあったので頼むことにした。結構大きなチキンで良い具合に焼けていた。フライドポテトも多くて納得出来たし、野菜も多くてこの物価の高いピピー島ではこの値段は安いかもと思った。ビールも「シンハー ビール」があって冷たく美味しく、今日のピピーでの一日はこうして内容十分で終わることができた。バンガローに戻り、部屋に入ると先ほどの蚊取り線香で狭い部屋は咽るほどだったがお蔭様で蚊の姿は見ずに寝れそうだった。TVも冷蔵庫もない、実に静かな部屋で外からの音もなく、ピピー島の初日が室内の扇風機のファンの音ばかり気になったが、知らぬ間に長かった一日も心地よい睡魔で寝入ってしまった。



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